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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)2393号 判決 1999年3月26日

控訴人(被告) 国

右代表者法務大臣 陣内孝雄

右指定代理人 河合裕行

同 高木良明

同 前田正明

同 阿部晃

同 長谷川裕三

同 平井弘

同 杉田憲治

同 村上弘明

被控訴人(原告) X1

被控訴人(原告) X2

被控訴人(原告) X3

被控訴人(原告) X4

右四名訴訟代理人弁護士 新谷勇人

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二事案の概要

原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。

一  原判決六頁二行目の「争いのない事実」の次に「(左記1、2、6、7〔ただし、訴外A(以下「A」という。)の傷病名及び入院については、甲第五号証、被控訴人X2によって認める。〕)」を、同行から三行目にかけての「認められる事実」の次に「(左記3ないし5については乙第五号証の一ないし六、第六、第九号証、第一三ないし第一六号証、証人Bにより、同8については甲第五号証、被控訴人X2及び弁論の全趣旨によって認める。)」をそれぞれ加え、同四行目の「訴外A(以下「A」という。)」を「A」と改め、同七頁二行目の「C」の次に「(以下「C」という。)」を加える。

二  同一二頁六行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 そうでないとしても、本件貯金の払渡につき民法一一〇条ないし同条及び一一二条の競合による表見代理が成立するか。」

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人らの請求は、原判決が認容した限度で理由があり、その余は失当であると判断するが、その理由は次に付加、訂正、削除するほか、原判決の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一三頁五行目の「Dは、」の次に「事情聴取をした中国郵政局貯金部業務サービス課業務係員に対し、」を、同七行目の「ことがある、」の次に「平成元年八月四日と五日、AとEがD方に泊まる機会があり、その時、Aは、貯金証書や印鑑等については『タンスのどの位置においてある。貯金証書等についてはEに任せる。』旨Eに告げた、」を同一一行目の「おり」の次に「(乙第六号証)、F(Dの妻)及びG(Dの妹)も事情聴取にあたった中国郵政局貯金部業務サービス課業務係員に対し同趣旨の説明をし(乙第一四、第一五号証)」をそれぞれ加え、同一四頁一行目の「第六、」を削除し、同八行目の「九号証」を「第八号証、第一〇号証」と改め、同九行目の「あって」の次に「(甲第九号証、乙第一四、第一五号証の中には、Dらが、Eは右被控訴人らから右貯金証書等を無理矢理取り上げられたと思っていた旨の記載があるが、前掲甲号各証及び被控訴人X2本人の供述に照らせば、同記載からは、右被控訴人らがEから右貯金証書等を無理矢理取り上げたと認めることができない。)」を加える。

二  同一四頁一〇行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「 控訴人は、EはAから任されて本件貯金証書等を保管、管理し、本件貯金払戻の代理権を授与されていたのであり、仮に、右貯金証書等を被控訴人X2らに引き渡したとしても、被控訴人X2らは、本件貯金証書等の保管、管理についてAの委託ないし承諾を得た形跡はないから、Aとの関係において、Eの本件貯金の管理権を左右するものではなく、Eの代理権の消長を来さない旨主張する。しかしながら、EがAから本件貯金払渡の代理権を得ていたことを認めるに足りる証拠がないことは前記説示のとおりであるから(ちなみに、Eが本件貯金証書等を保管し、右預貯金でAにかかる費用をまかない、Aの世話をしていたとしても、Eは、Aにかかる費用に充てるために、これに必要な範囲で本件貯金の払戻を受ける権限を有していたと推認することができるものの、そのことから、直ちに、EがAから本件貯金全額の払戻を受けること〔本件貯金全額を費消しやすい金銭に換える行為であって、通常の管理権限の範囲内の行為とはいえない。〕についての代理権まで授与されていたとは言い難い。)、控訴人の右主張はその前提において採用できない。

控訴人は、出雲郷郵便局において、Eの右代理権消滅につき善意無過失であり、EがAの代理人として本件貯金の払い戻しを受ける権限があると信ずべき正当な理由があるから、民法一一〇条もしくは同条及び同法一一二条による表見代理が成立し、Eに対する本件貯金の払渡は有効である旨主張するが、後記のとおり、本件貯金払渡につき控訴人が無過失であったということができないから、Eの右代理権消滅につき無過失であったことを前提とする控訴人の右主張は採用できない。」

三  同一六頁三行目の「一ないし五、」の次に「第九、第一三、第一六号証、」を加え、同一九頁六行目の「通知と本件送付書」を「通知書」と、同七行目の「出雲郷郵便局」を「出雲郷郵便局長B(以下「B」という。)」と、同八行目の「とりあえず」を「右通知書が送付されてきた同月一二日、」とそれぞれ改め、同二〇頁一行目の「Eは、」の次に「BがDに照会した日である」を加え、同二行目の「C」を削除し、同一一行目の「ものの」の次に「(もっとも、Eは、自己の貯金の出し入れ等に関して出雲郷郵便局をよく利用していたものであって、本件貯金の払渡を受けるまで、Aの代理人あるいは使者として、出雲郷郵便局を利用したことはなかった。)」を加える。

四  同二四頁六行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「(八)(1)① 出雲郷郵便局長のB(なお、同人は、昭和六一年三月から右局長をしている。)は、自宅が島根県八束郡東出雲町<以下省略>であり、同町<以下省略>に居住していたDとは近くであったことから、幼少時よりDと面識があったところ、何年か前にEがDの家と同一の敷地内にある離れのような所に住むようになったことや、Bの母から、DとEとは親戚関係にあり、AとEとは姉妹関係にあると聞いたので、同人らはそのような関係にあると思っており、Cにもその旨話していたので、CもEとD及びAとの関係について、Bと同様の認識であった。

② Bは、Eが出雲郷郵便局に来たとき、Eに貯金証書のことを聞いたところ、Eはこれを持っていず、Aのところにも、自分のところにもないと返答したのに対し、かなり前に預けられた貯金については、貯金証書が見つからないということはたまにあったことや、Dからも本件貯金はEが管理しているのではないかと聞いていたので、Aのもう一人の世話人と認識していたH(Bは、Aの世話人は、D、E、Hの三人と認識していた。)に対して本件貯金証書のことを聞かなかった。

そして、Bは、江津郵便局から送付されてきた再預入勧奨通知書にD、E及びHの三人がAの世話人として記載されていたこと、幼少のころから面識のあったDからEがAの貯金を管理しているのではないかと言われたこと、Eが普段から出雲郷郵便局をよく利用して面識があったことから、Eを、Aの家族であるとともに、本件貯金の管理人であり、本件貯金の払渡についての正当な権利者(Aの代理人)であると判断した。

③ Bは、委任状(乙第一号証)のAの住所はDかEの住所であり、同所にAが居住していないことを知っていたが、当時Aは入院中であり、入院中は住所を病院のそれとは異なるところにする人もいるとして、これに疑問を抱かなかった。また、Bは、質問等によって判断できない名義人の代理人については委任状がいると考えていたが、Eに対しては質問等によって委任状や印鑑登録証明書の必要はないとしてこれを求めず、本人(A)宛の郵便物の提出を求めることもしなかった。

④ 本件貯金の払渡について、Bが行った確認は、江津郵便局から送付されてきた再預入勧奨通知書の記載と、DとEに対してなした質問だけであった。

(2) 出雲郷郵便局職員のC(同人は、昭和六三年一一月、郵便局員として採用され、平成六年一月から出雲郷郵便局に勤務している。)は、Bから、Eについて、Aと姉妹であること、入院しているAの世話をしていること、Aの貯金について管理しているようなので、多分何らかの手続に来るだろうと思われると聞いていたことから、前記(四)のとおり、Eが出雲郷郵便局に来たときにも、Aの家族として貯金の手続についての相談に来たものと思い、Eと応対した。そして、Cは、貯金の取扱手続上、来局した事情等をEに質問したところ、その返答が、Bから聞いていたことと一致しており、かつ、Eは以前から出雲郷郵便局を利用していて、窓口で接していたCとして、高齢であるのにしっかりした人物であるとの認識を持っていたので、Eの申し出を預金者の家族による使者払として取り扱ってよいと判断し、Bとも相談の上、Eに必要な書類を渡し、前記(五)のとおり、Eが持参した書類を受理し、同(七)のとおり、Cは、家族による使者払として、Eに対して、本件貯金の払渡をした。

(九)(1) Aは、昭和四五年ころまで大阪に居住していたが、その後、夫の母の住んでいた島根県江津市<以下省略>に転居し、夫の母と同居するようになった。

Aは、夫及び夫の母死亡後も、右住居で暮らしていたが、平成二年四月くも膜下出血で倒れ、出雲中央病院に入院して手術を受け、同年八月松江市都谷病院に入院し、同年一二月江津市山崎病院に入院した後、同市内の病院に転院し、平成三年二月川本町立の老人ホームに入所し、平成五年七月松江市鹿島病院に入院し、平成六年九月東出雲町田口医院に転院し、同医院が経営する老人保健施設に入所し、平成七年三月七日右施設で死亡した。

Aの葬儀は、Eが喪主となって執り行われた。

(2) Eは、Aの母違いの妹にあたり、平成五年ころまで大阪に居住していて、Aと同じ会社に勤めていたことがあったが、別の家庭を持っていて、Aと同居したことはなかった。

Eは、平成五年ころ、島根県八束郡東出雲町<以下省略>のDの家と同一敷地内の離れのようなところに住むようになった。

Eは、平成七年一二月一九日死亡した。」

五  同二八頁五行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「5(一) 控訴人は、当審において、左記のとおり、本件貯金の払渡の手続は郵便貯金法(以下「法」という。)及び郵便貯金規則(以下「規則」という。)に従った適法なものである旨主張する。

すなわち、

(1)  法五五条は、定額郵便貯金の払戻については、貯金証書との引き換えによる方法のほか、貯金原簿所管庁(以下「貯金事務センター」という。)の発行する払戻証書との引き換えによる方法を定め(規則九七条、五四条一項)、預金者が貯金証書を亡失したため提出することができない場合は、貯金証書に代えて貯金の全部払戻請求書を提出する方法によるとされている(規則五四条二項)。

また、法二三条三項は、預金者が届出印を変更することを認め、規則二三条は、郵便局の交付する用紙により改印届書を作り、これに印鑑を添えて通帳又は貯金証書と共に郵便局に提出しなければならないとしているが、その届出前に全部払戻請求するときは、払戻金受領書又は貯金証書に印章変更の旨を記載してその届書に代えることができ、預金者が通帳を亡失したため提出することができない場合には、貯金の全部払戻請求書に記載してその届書に代えることもできるとされている(規則九七条、六六条の二、なお、氏名の訂正及び住所の変更も同様の取扱いである。)。

(2)  そして、郵便貯金の払戻その他の請求、預金者に対する貸付けの申込み又は印章の変更その他の届出をする者が預金者本人でない場合は、右払戻請求等が正当な権利者からのものであるか否かを貯金局長の定めるところによって調査することになっており(郵便貯金取扱規程〔昭和五九年六月三〇日公達第四三号、以下「規程」という。〕四条)、これを受けて、郵便貯金取扱手続(郵便局編、平成四年三月三〇日郵貯行第四八号通達、以下「取扱手続」という。)七条は、同条一項一号の各事項に該当する場合は、同項二号、場合により三号の方法によって払戻請求等をする者が正当な権利者であるか否かを調査することとしている。

したがって、貯金証書を亡失したとして、貯金の払戻を請求された場合、郵便局は、右各規定により、正当な権利者による請求であることを確認した上、提出された全部払戻請求書を貯金事務センターに送付し、貯金事務センターは、郵便貯金取扱手続(貯金事務センター編、平成七年一二月一五日貯業第二八五号通達)に従って全部払戻請求書の記載内容を審査し、払戻証書を発行し、これに基づいて、郵便局が貯金の払戻を行うのである(預金者が貯金証書を亡失したとして、貯金の払戻を請求した場合、亡失の申立て自体の真偽を確認する術はなく、だからこそ、右に述べたように、全部払戻請求書を受理する時点で、郵便局は、請求者が正当な権利者であるか否かを確認するのであり、また、右請求者が真実正当な権利者であれば、仮に亡失の申立てが虚偽であり、貯金証書が客観的に存在していたとしても、その払渡は正当であり、有効な弁済である。)。

(3)  この結果、郵便貯金については、貯金証書や届出印を亡失しているときでも、右に述べた手続を経れば正規の払戻手続として認められ、その払戻請求に応じざるを得ないから、右所定の手続を経た払戻請求があった場合、請求者が貯金証書や届出印を所持していなくとも、その者が正当な権利者であるかどうかの調査を尽くした上で払い渡したときは、債権の準占有者に対する弁済(民法四七四条)と同様、正当な払渡として、真実の預金者ないし正当な権利者に対抗できるというべきであり、民法四七四条の特則である法二六条も、この趣旨において理解されるべきである。

したがって、本件において、仮に、Eに本件貯金の払戻の代理権がなかったとすれば、法二六条の適用に関しては、出雲郷郵便局の職員が、払戻証書による本件貯金の払渡に当たり、Eを正当な権利者と判断したことに過失があったかどうかが問題とされなければならない。

(4)  前記のとおり、取扱手続七条は、規程四条を受けて、郵便貯金の払戻その他の請求、預金者に対する貸付けの申込み又は印章の変更その他の届出をする者が預金者本人でない場合における正当な権利者の確認方法を定めているところ、取扱手続七条一項二号は、右確認の結果、右請求者が、預金者の家族、使用人、職場の同僚等であって、一般に預金者の使者又は代理人たる関係にあると認められる者であるときは、預金者からの請求、申込み又は届出として取り扱ってよいとしており、郵便局の窓口業務はこれに依拠して行われている。

預金者の家族等が代理人又は使者として郵便貯金の出し入れをすることは日常のことであるから、不特定多数の郵便貯金利用者の便宜と預金者の安全との調和の見地から、右の場合において、預金者の家族等をその代理人ないし使者と認め、これに直ちに払渡をすることを定めた右規定は、特段の事由がない限り、合理性があるというべきであり、これに従って郵便貯金を払渡した場合は、通常、郵便局職員において、正当な権利者の確認に過失はないというべきである。

(5)  出雲郷郵便局においては、江津郵便局からの連絡によって、Aの入院先を初め、Aの世話をしているD及びEの氏名、住所、電話番号が既に判明していたこと、出雲郷郵便局職員はD及びEと面識があったので、Dに本件貯金について照会した結果、Eが本件貯金を管理している旨の回答を得たこと、EはAの妹である旨述べていたことなどから、出雲郷郵便局職員はAとEとの身分関係等に照らし、取扱手続七条一項二号に従い、EがAの代理人であり、本件貯金を払い戻す権限があると信じて払渡したというものであり、かつ、Eの右権限を疑わせるような特段の事情を認識していたという事実もないから、出雲郷郵便局職員がEを正当な権利者と認めたことについて、善意無過失であったというべきである。

(6)  なお、出雲郷郵便局職員は、Eに対し、Aの委任状の提出を求めているが、これは、本件貯金の払戻の方法の問い合わせに対し、事情を知らない江津郵便局が一般的な払戻方法として委任状が必要である旨回答したことによるものであって、これをもって、Eに対する本件貯金の払渡に当たり、Aの委任状の提出を求め、これにより代理人であることの確認をすべきであったということはできず、また、前記のとおりの事情のもとでは、Eが提出した委任状等に特段の疑問点があったともいえないというべきである。

(二) しかしながら、控訴人主張にかかる定額郵便貯金の払戻の方法や取扱手続等を前提としても、控訴人主張のように、本件貯金の払渡が法二六条にいう正当な払渡といえるためには、出雲郷郵便局の職員が払戻証書により本件貯金を払い渡すに当たって、Eを正当な権利者と判断したことに過失がなかったことを要するというべきところ、出雲郷郵便局の職員において、EがAの代理人であり、本件貯金を払い戻す権限があると信じたことについて、無過失であったと認めることができない。

すなわち、①出雲郷郵便局の局長Bは、江津郵便局から送付されてきた再預入勧奨通知書にD、E及びHの三人がAの世話人として記載されていたこと、幼少のころから面識のあったDからEがAの貯金を管理しているのではないかと言われたこと、Eが普段から出雲郷郵便局をよく利用して面識があったことから、②Cは、Bから右ないしの事実を聞いていたことと、来局したEに質問したところ、同趣旨のことを答えたことから、それぞれEを正当な権利者(Aの家族による使者)と認め、本件貯金の払渡をしたことは、前記2(八)認定のとおりである。

しかるところ、前記2認定事実、殊に、

(1)①  Eは、本件貯金証書及び印鑑を持参することなく、また、Bに対し、貯金証書を亡くした旨述べ、Aの貯金である本件貯金の払戻を請求したところ、同人は、それまで、自己の貯金の出し入れ等に関して出雲郷郵便局をよく利用していたものの、Aの代理人あるいは使者として、出雲郷郵便局を利用したことはなかった。

②  前記2認定事実のもとでは、EとAとの身分関係、Eが入院当初Aの世話をし、Aの葬式ではその喪主となったことを斟酌しても、本件貯金払渡当時、EがAの家族であったとは認め難い。

(2)①  Bは、近くに居住していたD及びEとは面識があったものの、Aが入院前に住んでいた自宅は江津市<以下省略>にあったことから、Aと面識があったとは認め難いところ、同人の認識していたAとD及びEとの関係については、母からの伝聞に基づくものにすぎず、Aに直接確認したり、これを裏付ける書類によってその身分関係等を確認したものとは認められない。

②  Bは、Dから、本件貯金証書はEのところにあるのではないかと聞いたところ、その当日、出雲郷郵便局に来たEが本件貯金証書を亡失した旨述べたのに対し、江津郵便局から送付されてきた再預入勧奨通知書の記載からEをAの世話人の一人と認識していたことに加えて、かなり前に預けられた貯金については、貯金証書が見つからないということはたまにあったことや、Dから聞いたことを根拠に、それ以上、Eが本件貯金証書を持っていないことについて事情を聞くこともなく、また、Aのもう一人の世話人と認識していたH(Bは、Aの世話人は、D、E、Hの三人と認識していた。)に対しても、本件貯金証書のことを聞かず、EをAから依頼されて本件貯金を管理しているものとして払渡の手続をなすこととした。

③  Dは、被控訴人X2らが本件貯金証書を持っていることを知っていたと推認できるところ(甲第九ないし第一一号証、乙第一四号証)、本件貯金の払戻が問題となった後、BがDに事情を聴取したときには、DはBに対し、「大阪のX2がEの管理していた貯金証書をほとんど一方的に引き上げた。」旨答えているのであるから(乙第九号証)、当初、Bにおいて、Dに対し、本件貯金証書の存在について注意を払って問い合わせ、あるいは、Eが出雲郷郵便局に本件貯金の払戻に来たとき、本件貯金証書や印章を持っていないことを聞いた後、再度Dに事情聴取すれば、Dから、本件貯金証書や印章が被控訴人X2のもとにあることを確認し得たと推認できるにもかかわらず、これをしていない。

④  以上のとおり、Bは、江津郵便局から送付されてきた再預入勧奨通知書にD、E及びHの三人がAの世話人として記載されていたこと、DとEに対してなした質問、母から聞いていたAとD及びEとの関係とEが出雲郷郵便局をよく利用していたことから、EがAから依頼されて本件貯金を管理し、払戻の権限を授与されていたと信じたものであって、Aに直接確認したことも、Eらからこれらを裏付ける書類等の提示を受け、あるいは同人らにその要求をしたこともなかった。

(3)  出雲郷郵便局の窓口職員として応対に当たったCは、Bから聞いていたD及びEとの関係等や、Eが出雲郷郵便局をよく利用していたこと並びに本件貯金の払戻に来たときのEの応答から、EがAから依頼されて本件貯金を管理し、払戻の権限を授与されていたと信じたというのであって、これを裏付ける書類等の提示を受けたことも、要求したこともなかった。

またCは、EがAの委任状及び全部払戻請求書を持参した際、EがAの印章を持参していなかったので、Aの印章の変更を請求し、あわせて、Aの通称名である「A1」から「A」へ氏名を訂正する旨の氏名正誤の請求、Aの住所が変更された旨の転居の請求を受けたのに対し、その根拠となる資料等の提出を求めることなく、これに応じた。

ことに照らせば、B及びCにおいて、Eが正当な権利者(Aの家族による使者)であり、Aから依頼されて本件貯金を管理し、その払戻について代理権があると信じたことについて過失がなかったということができない。

したがって、本件貯金の払渡が法二六条にいう正当な払渡であったと言うことはできず、この点に関する控訴人の主張は採用できない。」

第四結論

以上の次第で、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 神吉正則 亀田廣美)

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